Slán le Máigh(音楽だより5)

 20代の頃、イギリスで友達になったアイルランド人の女の子から、初めてゲール語という言語があることを聞かされ、その存在を知りました。

 

響きは英語でもその他ヨーロッパの言語でもない、変わったもので、短い音であっても、一つの単語の綴りが妙に長かったのを覚えています。

 

でもそれ以上の興味もなく、その時はそれだけで

終わりました。

 

それがこんなに後になって、今度は歌という形で再びゲール語と出会い、その響きに心地良さを感じ

ているのでした。


 

ゲール語の歌というのは、ものすごく数多く存在していて、

アイルランドでは今に至っても伝承を続けている、一つの文化遺産です。

 

アイルランドでは公用語として、英語とゲール語(アイルランド語ともいいます)が

話されていますが、実際にゲール語を話せる人は、そんなに多くなく、

少数民族言語といえるでしょう。

 

でも大切に、大切に残され、後世に伝えようとされています。

 

世の中には、本当にたくさんの言語があることを思います。その成り立ちも不思議です。

 

バベルの塔という、天に届くような高い塔を建て、傲慢になった人間を見た神様が、

人々を散らそうと考え、その結果、ありとあらゆる言葉に分かれたそうです。(旧約聖書より)

 

どれだけの年月の間に、それぞれの言語が生まれていったのか、計り知れません。

そして、どれだけの言語の数が存在しているのかも。

 

でも、大人になってからの新しい言語との出会いは、なんとなく楽しいです。

学生のようにテストもありませんから。

つまり、失うものがない自由さって、よいですね。

 

さて、先日から練習しているゲール語の歌は、本日のタイトルになりましたが、

直訳すると「さようなら、モー河」という意味になります。

 

作者は、静かな美しい村に住んでいたようです。

 

モー河のほとりには、美しくベリー系の実がなり、木々が茂り、

クラフトマンもいて、芸術に満ちていて、その村ゆかりの物語もある、

自慢できるような、そんなお気に入りの場所でした。

 

ところが、なんらかの理由で、あるいは何かの行き違いからなのか、

はたまた人間関係のこじれが生じたのか、作者は不本意ながら、

その場所を去らなくてはならなくなったようです。

 

慣れ親しんだその場所、仲間、学校の先生、牧師先生、

楽しかった集まりと、さようならしなくてはならない。

 

私の心は痛んでいて、孤独にうちひしがれている。

あれもこれも、いろんなものを失ってしまったから。

 

という、かなり深刻な内容です。

でも、このメロディーからは、深刻さよりも、美しい何かを感じるのでした。

 

心の嘆きの中にも、こうして素晴らしい場所にいたことを

思い起こして、いかに幸せだったかを改めて感じていて、

 

倒れそうにも何かに支えられている、逆風もまた人生、雨の日もある、

という受け止め方をしているように思うのです。

 

ですので、こちらも深刻にならずに歌えるのです。

アイルランドの美しい村々の風景を思い起こして、

懐かしい気持ちになれるのでした。

 

こういった伝承歌の特徴は、きれいに韻を踏んでいて、

この歌には、作者が愛していた良きものを表す

単語の羅列がたくさん出て来ます。

 

そんな良きものに囲まれた生活をしている中、

そこを去らねばならない作者の心情を

伺うことができるのではないかと思います。

 

ゲール語の歌に挑戦するのは、生涯まだ2曲目で、

耳コピなので、発音が正確かどうかはわかりませんが・・・。

(アイルランド人の方がもしお聴きになったら、是非アドヴァイスください!)

 

この曲はそんなに有名な曲ではなく、むしろかなりレアな部類に入るようです。

そんな珍しくも良い曲を発掘できて、嬉しく思います。

 

ということで、本日は、ゲール語の歌では初登場となりますが、

KIKIのハープ弾き語りによる、Slan Le Maigh(さようなら、モー河)を

お送りいたします。

 

アイルランドの風景もお楽しみください。